💫 心と体を整える日本発祥のやさしいケア
― 自分に戻るためのレイキ―
レイキは、手を当てることで、心と体の緊張をゆるめ、リラックスした時間を過ごすための、日本発祥のヒーリングです。
特別なことをするのではなく、ただ静かに手を当てる。
それだけでも、体の力が抜けたり、呼吸が深くなったり、気づいたら眠ってしまう方もいらっしゃいます。
感じ方には個人差があり、特に何も感じない方もいます。
大切なのは、「何かを感じなければいけない」ということではありません。
少し力を抜いて、自分自身の心や体に意識を向ける。
そんな時間の中で、自然と自分の状態に気づいていくことも、レイキのひとつの良さだと私は考えています。
レイキは、無理に何かを変えようとするものではなく、少し力を抜いて、本来の自分に戻っていくための時間。
私はそんなものとして、レイキを日々の施術や伝授に取り入れています。
レイキは日本で生まれ、その後さまざまな形で海外にも広がり、現在も多くの人に受け継がれています。
レイキの歴史
🌿 日本で生まれ、海外へ広がり、さまざまな形で受け継がれているレイキ
レイキは、日本の臼井甕男氏から始まったとされ、その後、日本国内だけでなく海外へも広がっていきました。
臼井氏が生きた時代は、今のようにインターネットで情報を調べたり、さまざまな理論を簡単に学んだりできる時代ではありませんでした。
当時は、レイキのシンボルやマントラも、伝授を受けた人だけへ大切に伝えられていたものです。
臼井氏は、レイキを自分自身や身近な人に使うところから始め、施術や伝授を行っていたとされています。
1923年9月1日に関東大震災が起きた際には、多くの人々の救済にあたり、その中でレイキを広めていったと伝えられています。
中には、両手がふさがれば足を使い、複数の人を同時に助けていたという逸話も残っています。
私は、こうした話を知ると、
「今、助けられるなら、今できることを全力でやる。」
そんな姿勢を持っていた方なのではないかと感じます。
現代のように情報も理論もあふれていない時代。
チャクラという言葉を知らなくても、自然と丹田や呼吸、体の中心感覚へ意識が向いていったのではないか。
理論から入ったというより、実際の体感や経験からレイキを深めていった人のように、私は感じています。
きれいなスピリチュアルというより、もっと「生きるそのも」に近い。
特別な人になるためというより、目の前にいる人を助けるため。
私は、そんなところにもレイキの魅力を感じています🌿
その後、レイキが海外へ伝わる中で、さまざまな流派や考え方が生まれ、現在では「レイキ」と呼ばれるものにも、いろいろな形があります。
日本で受け継がれてきたもの、海外へ伝わり独自に発展していったものなど、それぞれに特徴があります。
中には、臼井甕男氏から直接つながる流れとは異なるものもあります。
ただ、どれが良い・悪いということではなく、それぞれに受け継がれてきた背景や考え方、エネルギーの捉え方に違いがあるのだと私は考えています。
同じ「レイキ」という名前でも、学ぶ人によって大切にしていることや、使い方が違う。
そして、エネルギーの感じ方も人それぞれです。
「何も感じないからできていない。」
「決められた時間できていないからダメ。」
そんなふうに考える必要はありません。
レイキの使い方にも、これだけが正解というものはないと私は考えています。
だからこそ、自分がどんな考え方を大切にしているのか、どんなレイキを学びたいのかを知ることも大切なのだと思います。
梵珠 bonzyuでは、レイキの歴史やさまざまな流れを知ったうえで、日常の中で無理なく使い続けられるレイキをお伝えしています。
レイキと五戒
🌿 「今日だけは」と、今ここへ戻るための教え
レイキには、
今日だけは
・怒るな
・心配すな
・感謝して
・業を励め
・人に親切に
という「五戒」があります。
「幸福を招く神秘的な術。ありとあらゆる病に効く魂の薬」
ともされています。
でも私は、靈氣五戒は幸せになる呪文ではなく、苦しいときの戻り方なのだと思っています。
レイキ=不思議な力だけではなく、
「自分を整えながら生きるための道具」
でもあると考えています。
「今日だけは」と意識を戻すことで、怒りや不安に飲み込まれすぎず、今の自分に目を向ける。
私自身も、五戒は「できなければいけないもの」ではなく、迷った時や心が乱れた時に、思い出す言葉だと感じています。
不安や怒りに心が引っ張られたり、
周りに気を使いすぎたり、
先のことを考えすぎてしまうこともあります。
そんな時に、
「今日だけは」
と意識を戻してみる。
明日のことを心配し続けるのではなく、今日できることに目を向ける。
怒りに飲み込まれるのではなく、今の自分の状態に気づいてみる。
そうやって少しずつ、自分自身を整えていく。
私にとってレイキは、特別な能力を身につけるためだけのものではなく、日々をより心地よく、自分らしく過ごしていくための学びでもあります🌿
レイキとともにある生き方
🐾 最終的には、猫の境地へ
レイキの境地は、猫の境地。
そんな話を師匠から教わりました(笑)
師匠が作ったエネルギーの中に、
**「マヌル猫の神様」**というものがあります。
そのイメージは、
**気ままで、わがまま。 自由奔放。**
思った通りに生きて、相手の顔色をうかがわない。
でも、なぜかみんなから愛される。
それが、**猫の境地**
これって、レイキを学んでいく中で、とても面白い考え方だなと思っています。
「こうしなきゃ。」
「どう思われるだろう。」
「嫌われたらどうしよう。」
そんなふうに、周りのことばかり気にしていると、頭の中はどんどん忙しくなります。
でも、レイキを使いながら自分自身を整えていくと、少しずつ余計なことを考えなくなっていく。
最終的には、**頭の中が空っぽになるような、静かな感覚**になっていきます。
何も考えないというより、
「まあ、いいか。」
と力を抜いて、自分の感覚に任せられるようになる。
そして、
「なんとなく、こっち。」
という直感を信じて動いていく。
そんなふうに、自分らしく生きられるようになっていくのも、レイキの面白さだと思っています。
特別な力を持つことが目的ではなく、
**余計なものを少しずつ手放して、
自分の感覚を信じて生きていく。**
気ままに。
自由に。
自分らしく。
そして、なぜか周りからも愛される🤣
そんな**猫の境地**を、私も目指しています🐾🌿
レイキを使って、自分に戻る
エネルギーを強くすることだけではなく、自分自身を整え、とらわれない在り方を大切にしています🌿
「どうしよう。」
「大丈夫かな。」
「あの時こうすればよかった。」
「これからどうなるんだろう。」
仕事のこと、家族のこと、人間関係のこと。
そんなふうに、頭の中がいっぱいになってしまうことがあります。
私は、これも一つの「とらわれ」だと思っています。
怒ってもいい。
心配してもいい。
不安になってもいい。
そういう気持ちを、無理になくす必要はありません。
大切なのは、その気持ちにとらわれ続けないこと。
せっかく、自分を整え、とらわれないためにレイキを学んだのに、
今度は、
「このやり方でなければいけない。」
「これだけやらなければいけない。」
と、レイキの使い方そのものにとらわれてしまったら、少しもったいないですよね。
レイキは、自分を縛るためのものではなく、
自分に戻るためのもの。
だからこそ、決められたやり方だけにとらわれず、その時の自分に合う使い方を見つけていくことも大切だと思っています。
エネルギーの感じ方も人それぞれ。
使い方も人それぞれでいい。
伝授でいろいろな使い方を知ったうえで、
「これは自分に合うな。」
「今はこの使い方が心地いいな。」
と、自分なりに探求していく。
そんなふうにレイキと付き合っていけたらいいと思っています🌿